最も大切な事は「体験」と感じた理由

あなたにとっての正しい情報とは?

「産経新聞を読め」
「テレビのニュースは鵜呑みにせず疑え」
この手の言葉を耳にした事がある人は、多いのではないだろうか。

僕らは、どんな情報を正しいとし、どんな情報を疑わしいと考えるのか
それをちょっと例えてみる。

Aさん:美食家
Bさん:Aさんの友人
Cさん:Bさんの友人(Aさんとは面識がない)

AとBの間でのやりとり。

A:「こないだ華丸レストランで食べた肉が美味しかったよ」
と聞いた。Aは美食家で、彼がいう言葉には信頼性があった。
だから信じた。

その後 BとCでのやりとり

B:「こないだAという友人が華丸レストランで食べた肉が美味しいと言っていたよ」

こうして口コミ情報というのは口伝いに流れていく。

Aさんは実際に肉を食べて体験した人である。
もちろん自分の体験だから美味しいという事を100%正しい情報と理解している。

しかし、Bさんは実際には肉を食べていない
ただ、あのAさんが言う事だからと多分正しいだろうと理解した。
(80%くらい信じれる情報)

こう言う事はよくある事だが

Cさんは肉を食べていないし、Aさんの事も知らない。
でも自分が信頼するBさんが信頼しているAさんの意見だから、、、、
(情報は50%くらい信じれる情報)

実際に肉を食べているAさんが持っているのが
1次情報とされるものである。

実際に体験したもの。
自分の五感が伝えてくる信頼度100%の情報だ。

一方
Aさんから情報を仕入れたBさんが話す事は2次情報
Bさんから情報を仕入れたCさんが話す事は3次情報となり

当然だが、高次情報になるにつれ信頼度が薄くなる。

自分の中の信頼度を疑ってみよう

上記のように、人伝えの情報ならばわかりやすい

しかし、テレビ 新聞 ネット の情報
どのように処理しているだろうか

ぜひ自分がどのようなものに信頼度を高くしているのか
もう一度見返してみてほしい

食べログの点数も
アマゾンの評価も
ウィキペディアに書かれていることも
「いかほどの信用度なのか」「何次情報なのか」を探る事は基本的に不可能。

でもけっこう当てにしている自分がいないだろうか。
その信頼度はそれで正しいだろうか?
自分の胸に手を当ててほしい。

冒頭で挙げた

「産経新聞を読め」
「テレビのニュースは鵜呑みにせず疑え」

これも正にその信頼度からくる言葉なのだ。

産経新聞は信頼度が高い情報が多い。
テレビは信頼度が低い情報が多い。
そう思う人がこの発言をするという仕組みだ。

しかし、今や情報源は多岐にわたり、どれが一次情報なのかわからなくなっている。
新聞でさえウィキペディアのコピペであったり、
裏どりをせずに『〇〇と言う仮定だとすると△△だ」と行った、推定に推定を重ねるような記事も少なくない。

私は大学時代に分析化学という研究室に所属しており
その研究室の先生は東京大学名誉教授であり、分析化学界の権威であった。
その先生の教えは、論文を安易に引用せず、一次情報である論文まで辿れ。
研究ノートをボールペンでつけろ。(消したりできないように)

分析化学という業界において、不整合な情報を誤って整合だと流す事は
恐ろしく信頼を失うことになる。
だから当然上記のような注意を受けるし、
そこに注意を払うのは当然のことという意識なのだ。

だから僕は正しい情報をつかめるとは言わないが
人よりも気にする環境にいた事は間違いないかもしれない。

そんな折小保方さんの事件が起きた。
あれだけ有名優秀な研究室の研究結果も他のデータからのコピペだったり、
論文の精度が強く疑われるようになったきっかけとなった。

今では論文をネットワーク上でコピペ等ないかの検査ができるようなシステムになっているようだが
改めて「正しい情報とは何か」を考えさせられるきっかけとなった。

信頼という鎖

今や情報化社会はいつでも手軽に世界中の意見を手元に持ってこれる時代となった。

スマートフォンをひらけばツイッター・インスタ・フェイスブック・Yahoo!ニュース様々なところから様々な情報が入ってくる。
そういった情報をまとめた まとめサイト も数え切れないほどできている。

つまり、身近なところに高次情報に溢れている。

そして、情報が溢れる時代になればなるほど、それが何次情報なのかを考えずに
過ごすようになっている。

それをあたかも知った情報のように友人や家族に話をしてしまう。

しかし、友人から聞いた話を「その一次情報はどこから来てる?」なんていちいち聞かないだろう。
多分そんな事を毎回聞いていたら友達はいなくなってしまう。

また、ネットで見た情報を自分は知っているかのように話ししてしまう。
「〇〇っていう食品添加物は発がん性があるよ。」
その人はその食品添加物を食べてがんになったことがあるのだろうか?
あるいはガンになった人と知り合いなのだろうか。
その知り合いがガンになった理由が食品添加物由来だと言い切れるのだろうか。

こんな時代だからこそ


自分の五感を研ぎ澄ませて
自分の体で体験した一次情報でなるべく体を満たしていき、質の良い2次情報3次情報を選択できるようになる事が求められるのだと強く感じる。