直感の物作り(皿)

右脳(五感)からの物作りと
左脳(思考)からの物作りがあるのではないかという仮説

※脳科学的に右脳左脳が正しい議論かはいろいろある。
しかし、人がもつ「思考」と「感覚」の
二つの性質から発想される二面性
(芸術/言語 具象/抽象 現在/過去未来)
を右脳左脳はわかりやすく説明しているので、
ここでは引用している。

それは器においても共通ではないかと考える。

◆左脳から作られた器
デザイナーには「新しいもの」「今までにないもの」を
作り出そうとする視点がある。
これは左脳で思考(理屈を組んで)して
アイデアを出すプロセスであるが、
このように思考から作られたプロダクトは「面白さ」は生むが、
一方で「永続的に愛される美しさ」や
「理にかなった形」は生まれづらい特徴があると考える。
デザイナーが自身の経験値の少ないものを
プロダクトアウトした時にしばしば、それを感じる事がある。
こう言ったプロダクトは、
瞬間的に人の感情の「面白い!」「新しい!」にはアプローチできるが
美しいという感覚までは励起しにくいと思われる。

◆右脳から作られた器
シンプルでありながら情景を語る美が
内包されているように感じる。
形には「今までにないものを探そう」といった
奇を衒うといった思考は入らないため、
必要以上にデコレーションはされない事が多い。
シンプルであるが故に、
五感の中に眠る美意識にフォーカスして
訴えかける効果を生むのかもしれない。

▪️人の中にある二面性(右脳と左脳/感じると考える)
1.左脳の面白い!楽しい!
人の心において、「面白い!楽しい!といった感情」は
一瞬のパルスのように起こり、時間経過と共に消えていく。
これは未来過去との比較から起こる感情であり、
左脳がそれを引き出していると考える。
飽きられるというのは対峙したものが
過去のものとされた瞬間からパルスが発生しなくなるからだ。

2.右脳の美しい!
一方で「美しいという感覚」は
感情のように時間をかけても去る事は無い。
むしろ同じ美を感じるものに対峙していくうちに
より大きな幸福感を呼び起こしてくれると考える。

雨の音、空の色、花の香に感嘆するような美しさを
感じた事は誰しもあるかもしれない。
またこれらが年齢を重ねるにつれ、
より強く感じられるようになった経験も多くの方にあるかもしれない。

自分の中の感じる力が強くなれば
美しさはなんどもやってくるし、幸福感もより強くなっていく。
左脳のように飽きられるという事は無いのだ。
この美しいという感覚は未来過去との比較ではなく、
現在を捉えて感じられることから、
右脳が引き出す感覚であると考える。

この人の中に存在する二面
左脳が引き起こす瞬間的パルス「面白い」「楽しい」という感情
右脳から得られる永続的な「美しい」という感覚

この特性を分けて
目の前にあるプロダクトに接すると、
また違った世界が見えてくるのだと考える。

3.左脳から文化へ
またこの話は
「すべての物作りは右脳に基づく美しいものを作るべきだ」
という話には収まらない。
左脳から作られたものも、
長く歴史を積み重ねると捉えられ方が変わる。
それが文化だと考える。

欧州で買った器を見て長く触れていると(またその歴史等を知っていくと)
美しさとは別に、当時のこの器を使う方の権威の高さや、
それを表すための技術が結集されている事がわかってくる。

当時の一流の職人でしかつくれなかった技術を駆使し、
また、一流の素材(金箔)を使い、あえて手間をかけて作られた
その器には、そこに当時の時代背景や作り手の想いや立場などが乗ってくる。
当時は左脳で「権威を象徴する為に他にないものを」という事が
時間を経て文化となってくる。

この人類の歴史とそれに伴って積み重なってきた文化を示すのは
左脳によって苦心された技術が脈々と受け継がれてきたからなのだと感じる。

一流のものは右脳で感じる「美しさ」と左脳で積み重なってきた「技術文化」が共に結集していると感じるのである。

また、ものからその文化を感じ取る為には「海外へ赴き、生活をしてみる」等の経験値が大きな意味をなしてくると考える。
だから世界に行ってその文化に触れてくる必要があるのだ。

「いい仕事していますね〜」
ものをみてそう言えるようになるには
五感で感じる機会を増やして、右脳のセンサーを鋭敏にし
世界中のものに触れ、左脳が歴史文化を体感覚で比較できるよう経験を積み重ねていく事が大事なのだと感じる

以上