屋久島への旅7 感じた事まとめ

さて、屋久島への旅は

3日間の屋久島へ向かう道
2日間の屋久島散策
2日間の帰り道
計7日間の旅でした。

(帰りは弾丸の旅だったので今回は載せていませんが
実はこれはこれで濃厚だったのでまた別の機会に書くかもしれませんが)

行きの3日間では、古事記日本書紀に出てくる神社さんを回りながら
寄り道をしていくというコースでした。

神社には「人」か「自然」が祀られており、
やはり「巨石」や「巨木」や「山」を御神体としていることが多かったですし

私たちもその自然と対峙して、言葉で表現することが難しいような
不思議な感覚を体感しました。

また、有名な神社さんが祀っている びっくりクラスの巨石巨木も
屋久島へ行くと、山の上の方にはゴロゴロたくさんあり

縄文杉はその中でも突出して巨大で神聖で
これは間違いなく神様と思わされるものでした。
(縄文杉の奥にはこのクラスがさらにゴロゴロしているようですが)

つまり、人が「これはすげーーー、神様だーーーー」
と祀ってきた神社さんにあるものも、
自然からすれば「まだまだ若造の範囲」だったりして

ほんと自然というものは計り知れず、人の考えていることなんか見通していられるのは、「きっとそうなんだろうなぁ」って思わされました。

また、神社と屋久島の森(まあそれに限らず自然の森)
は陰と陽があり、それは世の中の縮図のように感じました。

神社も参道が静かで暗く陰の雰囲気で作られているかと思えば
社の周りは明るく朗らかな風や光が差し込むようになっていたり。

必ず端から端まで明るい あるいは暗いという事は無く
どちらの空間もあえて作られているように感じられました。

それは屋久島の森も同様で、これが神社を見てから屋久島を登った印象でした。

そして縄文杉に関しては、それそのものが陰でも陽でも無く
どちらも内包するような、暖かくも冷たくも無く、明るくも暗くもない
絶対的な安心感というかそういう雰囲気を持っていました。

これが神かと思わされるような印象はそこからくるのかと
いうのがその場で感じた実感です。

ちょっとまだ処理できていないことも多く、
これからの経験で変わってくる解釈もあると思うけど
とりとめない状態で一旦書き記しておきます。